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V 変わる映画業界
1.映画興行の遅れ 日本の映画興行はブロックブッキング、チェーン化によって、大手に守られた護送船団方式で、興行間の自由競争が起こらず営業努力不足であるということが分かった。日本映画産業が沈滞化している原因は、テレビでもビデオでも衛星放送でもなく、観客の立場に立って考えない興行形態にあると考える。映画産業は本来典型的なサービス産業であるにもかかわらず、そのサービスに問題がある。そこで映画興行をサービスという視点から分析してみる。 @料金制度 まず第一の疑問は製作費と価格の関係である。例えばハリウッド版「GODZILLA」の製作費は日本円にして約180億円であるのに対し、北野武監督作品「HANA-BI」は3億円程度である。この2つの商品の間には単純に約60倍のコストの違いがあることに気付く。ところが、驚くべきことに商品価格は同じなのである。通常我々が支払う映画料金は1800円が相場であり、これはどの商品を購入する場合(どの映画を見る場合)でもほぼ同じである。コストでこれだけ差のある商品が同一価格で販売されることなど他の商品では見当たらない。もちろん製作費の差がそのまま商品の価値の差になるとは考えにくいが、それでも製作費にこれだけ差の生じる商品も珍しく、それだけに同一料金というのは疑問である。 第二の疑問は映画料金の高さである。欧米各国との比較でも2倍ほど高く(p.4表3参照)、アンケートでも約8割の人が高いと感じている。これだけ多くの人が高いと感じているにもかかわらず、どの映画館も料金は1800円横並びの状態である。これこそ正当な自由競争が行われていないことの証明ではないだろうか。一般的に自由競争ではまず価格競争、サービス競争が行われるが、そのどちらも映画興行界では行われていない。多くが割高感を感じている中では、価格の差別化を計るだけでその映画館の観客数は増加することが予想される。なぜそれができないのか、国の保護政策でもあるのかと調べてみたが、むしろその反対であった。通産省主催の「シネマ活性化研究会」では、料金に差をつける企業努力を求めるとし、消費者ニーズを見据えた料金設定が業界活性化に不可欠であると指摘している。また、配給会社が入場料金に関して条件付きで配給する場合はに「拘束条件付取引」の「価格の拘束」に当たり独占禁止法違反となるのである。つまり、興行会社が価格協定を結んでいるとしか思えず、鑑賞者の不利益につながっている。 現状においてロードショー作品の一般映画料金は、映画館の設備投資の状況、作品の人気、製作費の大小等にかかわらず全国的に1800 円に統一されており、観客が享受したサービスの内容に無関係に設定されている。この疑問は私だけの疑問ではなかった。アンケートの結果、もちろん基本料金(1800円)の値下げという意見が最も多かったが、それ以外の意見が予想以上に多かったことに驚いた。観客のニーズは多様な料金制度にあり、基本料金の値下げ(アンケートから計算した妥当な映画料金は1000円前後)以外でも十分に観客を引き付けられることがわかる。(図2参照)多彩な割引制度を導入したり、作品・時間帯別に料金を設定して、その結果例え平均映画料金が1000円に下がったとしても、日本経済新聞の計算では観客数を5割増やせば増収につながるというデータがある。この"観客数5割増" が不可能な数字でないことは後に説明する。 A映画館設備 B鑑賞者ニーズ 次に、アンケートをもとに顧客分析をしてみた。予想通り映画館での鑑賞回数が多いのは20歳代の恋人同士であった。ところがそこで、ある興味深い法則を発見した。それは、男性は年齢を重ねるほど独りで映画館に行きたいと思い、逆に女性は年齢を重ねるほど家族で映画館に行きたいと考えているという傾向である。(図4参照)これは現代社会の家庭環境を表しているのではないだろうか。つまり、男性は独りになれる時間を求め、女性は家族一緒に楽しめるレジャーを求めていると考えられる。このニーズを映画館が取込むことができれば、若いカップル以外の客層ができ、映画人口の底上げが期待できるのである。そこでさらに分析を進めると、独りで映画を観る人は平日の夜の割合が高く、これは先ほど挙げた平日レイトショー必要性のもう一つの理由となる。そして、家族・夫婦で映画を観る人は日曜の昼に割合が多く、この客層を取込むには付随サービスの向上と上映終了後の時間を有意義に過ごせる工夫が映画館に足を運んでもらえる要因となるであろう。 また、観客のニーズを把握できない要因として、映画館の情報化の遅れが考えられる。テレビにおいては原則として翌日入手される視聴率(世帯視聴率・毎分視聴率・男女別視聴率など)という形で、視聴者の作品に対する好みをはじめとする情報が制作側に機動的にフィードバックされている。ところが映画館はチケットの半券をカウントすることで入場者数を把握しているため、興行会社本社や配給会社等への正確な入場者数の即時通知は不可能で、また鑑賞者の上映時間帯別・属性別入場者数といったマーケティングデータの収集・分析・活用への積極的な取組みは行われていないのである。この点はPOSシステムを導入する等、早急の改善が必要である。 以上、映画興行のサービスの遅れを指摘したが、サービス業では基本の顧客の立場から考えることでこれらは解決でき、これらを改善することが日本映画産業活性化の第一歩である。それでは次に、ハード面の強化がいかにして映画産業を変えるか、それを証明する映画館の存在について考えてみる。
2.新しい興行形態の登場 1958年には11億2000万人いた映画人口は減少しつづけ、1996年には過去最低の1億2000万人となった。ところが、1997年から映画人口は増加し、1998年には興行収入1934億9900万円と金額ベースでは史上第2位を記録した。この背景には2つの要因がある。邦画・洋画共に大作が続いたこと、スクリーン数の増加である。このスクリーン数の増加であるが「外資系シネマコンプレックス」の進出によるところが大きい。老朽化した映画館が閉館する一方で、飲食や駐車場、商業機能を併設した新しいタイプの映画館が、ワーナー・マイカル(以後WMC)、AMCエンターテインメント(以後AMC)、ユナイテッド・シネマ・インターナショナル(以後UCI)といった外資が全国各地に出店したのである。 映画大国アメリカでも、テレビの登場で1940年代をピークに映画の観客動員数は衰退の一途をたどった。ところが1960年代後半にマルチプレックスシネマ(シネマコンプレックス)という新しい興行スタイルが登場し、再び映画産業が活況を取り戻した。同じくイギリスの映画興行業界でも、1984年に観客動員数が5000万人まで落ち込んだが、1985年以降のAMCに代表されるシネマコンプレックスの登場が契機となり、スクリーン数の伸びに符合する形で動員数が大きく伸びた。(図5参照)観客動員数はその年の作品の内容によって変化するので一概に言えないが、シネマコンプレックスが動員数の増加に大きく寄与したと考えられる。同様の現象の兆しは1997年、1998年の日本における急激な動員数の増加として現れており、シネマコンプレックスによるスクリーン数の増加がさらなる動員数の増加を生み出すことが予想される。 それでは、シネマコンプレックスとは何か明らかにしていく。シネマコンプレックスとは100席から400席規模の部屋にクラス分けされた6以上のスクリーンを備えている複合映画施設のことである。設備面では映写機や音響設備、座席など最新鋭ノウハウを導入しており、映写室・チケット販売窓口・ロビーを共有するため、必要な運営スタッフを最小限に抑えることが可能である。サービス面では10タイトル以上の映画を同時に上映しているが、その人気度に応じて上映ホールの大きさを変更し、ヒット作であれば複数スクリーンで時間差上映することにより、立ち見・待ち時間の問題を解決している。さらに、レディースデーやレイトショー割引など独自の割引システムを導入している。また、大型駐車場を完備するのが定番ノウハウであり、既存映画館の繁華街型立地に対し、シネマコンプレックスは他の商業施設と併設した形の郊外型立地で大型駐車場を備えることを経営戦略としている。 それではシネマコンプレックスの最大の特徴と言えるであろう多スクリーンはどのようなメリットがあるのか考えてみる。 映画の好みは男性と女性では違い、年代別でみても違う。観客が観たい映画は十人十色であり、これが映画の魅力であり、同時に映画ビジネスが困難である理由の一つである。十人十色は当然のことであるが、このニーズを一つの映画館で可能にすることは難しい。しかし、シネマコンプレックスでは子供向けの映画、大人向けの映画、男性向けの映画、女性向の映画を自由に組み合わせることができ、父親はここ、子供はここ、母親はここのスクリーンで観るということも可能なのである。週末は家族一緒に車でシネマコンプレックスに行き、それぞれ好きな映画を観て、アミューズメント施設で楽しみ、ショッピングセンターで買い物をする、これがシネマコンプレックスの提案するライフスタイルなのである。 このような鑑賞者ニーズに対応したサービスが観客を引き付け着実に観客数を伸ばしているのである。例えばショッピングセンターと併設のシネマコンプレックスは毎週火曜日をレディースデー(女性割引)にして買い物客の主婦層の取込みに成功しており、レイトショー割引で映画を見る機会がなかった人を映画館に呼び戻している。また、それまで映画館のなかった地方に映画館を登場させるので映画人口の底上げにもなっている。 それではここで、アンケートと私の実調査から既存館とシネマコンプレックスの比較を行う。なお、実調査に参考としたのは、既存館では北野劇場・京極東宝で、シネマコンプレックスではイオンシネマ久御山・WMC東岸和田である。 <表5 既存館とシネマコンプレックスの比較>
多少主観的な意見であるが、総じてシネマコンプレックスはこれまでの映画館のイメージを一新した。喩えるならディズニーランドのアトラクションに行くような感覚であった。
3.外資参入とその影響 @ シネマコンプレックスの歩み シネマコンプレックスの出店は郊外型立地であり、それまで東宝・松竹・東映の大手との直接の衝突はなかったのだが、1996年5月AMCが福岡市中心部巨大ショッピング・アミューズメント施設キャナルシティ博多内に13スクリーン、2,600席の「AMCキャナルシティ13」をオープンしたことで、日本国内のシネマコンプレックスの都市と郊外とのすみ分けが崩れ始めた。続いてUCIは1996年11月滋賀県大津市の大津パルコ内に「OTSU7シネマ」、97年10月には石川県金沢市のアミューズメント施設ルネス金沢内にオープンした。UCIは「日本マクドナルド」やアメリカの大型玩具店「トイザらス」を展開している「藤田商店」と提携し2000年末までに全国10ヵ所90スクリーンを出店する計画がある。 外資系シネマコンプレックスの出店ラッシュの中、日本の映画興行大手の東宝、松竹も一歩遅れてシネマコンプレックスの経営に乗り出し始めた。1997年3月に東宝が「天神東宝」を、松竹が「MOVIX六甲」をオープンさせた。その他、東映系列の東急レクリエーション、流通業大手のダイエー・ジャスコ、ゲームソフトメーカーのナムコ、カー用品専門店大手のオートバックス、ゼネコン、地方銀行などの異業種もシネマコンプレックス事業に参入を計画している。 現在シネマコンプレックスの数はWMC=28店、AMC=3店、UCI=5店、その他を合わせると合計60店を超え、アンケートから約半数の人がシネマコンプレックスに行ったことがあると答えた。 なぜ今、シネマコンプレックスがこれほどまでに増えているのだろうか。その要因を調べてみる。 日本の1スクリーン当たりの人口比率は6万3000人であり、アメリカの9000人の7倍にも上り、日本のスクリーンの潜在的需要は十分にある。(p.3表2参照)また、車で20分の商圏に25万人の人口というシネマコンプレックスの出店条件に合う場所は日本に300か所。この2点に外資系興行会社が注目したのである。「日本は宝の山である」(UCI、アラン・マクネアCFO)。 さらに、異業種、特に流通業から注目されているのはその集客力である。「もののけ姫」や「タイタニック」クラスのヒット映画となれば1日数千人規模の観客動員を期待できるが、これと同じ集客効果をショッピングセンターが独自に狙って莫大な宣伝広告費を投入しても不可能である。国内流通業界大手のマイカル・グループがいち早くタイム・ワーナーと提携してシネマコンプレックス事業に取組んだ理由はここにある。事実、シネマコンプレックスを導入した店舗は着実に売上を伸ばしている。 また1992年に大店法(大規模小売店舗法)の改定により流通業界の規制緩和が行われたことも一つの要因と考えられる。これによってショッピングセンターの出店攻勢が始まり、外資がシネマコンプレックスという形で参入してきた。ただシネマコンプレックスが続々オープンする起爆剤となった大店法だが、2000年春より大店立地法(大規模小売店舗立地法)が施行されるため、大店法が適応されるのは経過措置期間内の2000年いっぱいまでである。大店立地法が適応される2001年になると、郊外型のショッピングセンター建設が困難となり、現在のような極端なシネマコンプレックス建設ブームは、2000年12月をもって一応の区切りが付くと予想される。 Aシネマコンプレックスの影響 これは他業界でも問題となっている流通構造の変革と酷似している。カテゴリーキラー的存在として出現したシネマコンプレックスは映画興行界内に競争を生み、やがて鑑賞者のもとへは「価格破壊」という形で現れると予想される。そこで、以前に料金制度のところで映画料金を1000円にしても観客数を5割増やせば増収につながると述べた。その観客数5割増が可能であることを証明するのがこのシネマコンプレックスの登場である。 シネマコンプレックス登場の一番のメリットは、映画興行はサービス業であると業界全体に気付かせたことである。サービスの改善が観客数増加につながることを証明したのである。すでにイギリスでは、シネマコンプレックスの出現が映画産業活性化の起爆剤となり観客動員数が3倍となった前例があるように、(p.17図5参照)シネマコンプレックスを見習って既存映画館もサービス改善をしていけば観客は増えるのである。それに加えて映画料金が観客ニーズと一致する1000円になれば、観客数5割増は十分に可能である。 だが、シネマコンプレックスの登場は既存映画館にとっては存続の危機にさらされたといえるだろう。シネマコンプレックスと比較されることで既存館のサービスの甘さが露呈され、既存館が淘汰される時期になってきたのである。その象徴的事件が福岡で起こった。 B福岡戦争 AMCが誕生した96年5月1日から12月31日までの8ヶ月間の興行成績は、観客動員数60万1000人、興行収入8億6000万円。福岡市内の映画館はAMCの13スクリーンを含めて26スクリーンあり、この期間の総動員数は139万4000人、興行収入19億9000万円。ちなみにAMCがオープンしてない前年同時期の福岡市13館の総動員数は108万2000人、興収15億9000万円で、福岡市内全体では前年比で25%しか増加していないのである。映画館が2倍に増えたので、興行収入も2倍に増えるというわけにはいかなかったのである。既存館はAMCに観客を相当数奪われてしまったと考えられる。既存館は前年比で軒並み30%近くの減少をみせており、明らかにAMCに観客が移動したことを表している。結果として、今までの映画ファンが馴染みの映画館に通うのをやめて、新しいシネマコンプレックスに行くことになったのである。これにより、東宝・松竹も生き残り策を探し始めた。東宝直営の「福岡宝塚会館」は中州脱退を決め、1997年3月シネマコンプレックス「天神東宝」をオープンさせた。松竹も自社シネマコンプレックスをオープンさせる予定である。この福岡戦争が顧客の奪い合いで終わるのか、新規顧客を開拓できるのか注目していきたい。 いずれにせよ、福岡のAMCが日本興行界に与えた影響は大きい。これまでシネマコンプレックスは流通業者の集客手段として利用されていた面があったが、この福岡戦争を契機に大手各社も真剣に興行とサービスについて考えるようになり、それまで否定的であったシネマコンプレックス事業に進出するようになったのである。ブロックブッキングが形骸化してきたのもこの頃からであり、1999年松竹は正式にブロックブッキングを廃止することを発表した。
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