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光と愛の天使
“光”はもともと「清浄」「徳行」を象徴する言葉である。キリスト教では、“世界の光”として「キリスト自身」や「信仰」「恩寵」「慈愛」を意味する言葉である。
光の天使とされるのは、イサク(Isaac)、ガブリエル(Gabriel)、イエス(Jesus)、サタン(Satan)である。サタンが光の天使とされるのは、彼がそう装っていたからである。ユダヤの伝承では、人間であるはずのイサクが光の天使と見なされている。イサクは旧約聖書に登場する人物。父親であるアブラハムは、その信仰を試しみるためにイサクを生け贄にしようとしたが、神への服従が認められて命拾いしている。その信仰の深さとともに彼が誕生した際、その顔が不可思議な光に照らされていたという言い伝えから、光の天使の名誉を受けている。また300人もの光の天使が第三天に移住し、絶え間なく神への称賛を唱えながら、エデンの園とそこにある生命の木を見張っているとされる。中世のキリスト教ではガブリエルがその名誉を我がものにした。
“愛”もまたキリスト教にとって大切なものである。新約聖書において、神は“愛”ゆえに人間を創造したとされることから、神自身の本質が“愛”そのものといわれる。これに応えるために人間はおのれを捨てて神を愛すことが教義の根幹となる。みずからがすすんで「神の子」として“隣人を愛せよ”“おのれの敵を愛せ”ということが、キリスト教の基本姿勢なのである。愛を受けるのではなく、愛を与える存在となることが大切だとされるのだ。
一般に愛の天使はテリエル(Theliel)、ラハミエル(Rahmiel)、ラファエル(Raphael)、ドンクエル(Donquel)
ユダヤ教での愛の天使は、神が人間を創造する際に天使を集めて開催した最高会議の上“愛の天使”の職務を作ることを約束したとされている。
またカバラ文献ではローマの女神であるヴィーナス(Venus)もまた愛の天使の資格を得ている。
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